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上杉機関 特別部

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金曜日, 10月 26, 2007

環境本の著者 武田邦彦は、キリシタンか?

最近反エコロジー活動が盛んである。それは偽保守派の方達が推進しているようだ。

その実態を観察すると、韓国の福音派の影響が強くみうけられる。ベトナムの枯れ葉剤を糾弾させなくなったのは、韓国キリスト教会の影響であるのは有名だが、日本においてもそれは類似してきている。まず統一教会の出入りしている中部大学の教授であること、次ぎにキリシタンの思想を持つ人物であること。そして何より、日本原子力委員会の関係団体に出入りしていることである。日本原子力委員の中には過去に、強烈なブンセンメイ信者の西堀博士がいたことで有名であるし、本人のサイトにもキリシタンの思想がみてとれるのである。だとすれば、反エコロジー活動の理由が、旧約聖書のハルマゲドン到来を礼賛する活動なのかもしれない。以下資料として掲載する。
原子力を考える (2)- 人の心と原子爆弾 -
 太陽の光も原子力発電所も、石油石炭ですら、つきつめれば原子力だから、結局我々は原子力をどのように使うかということだけが問題だということ前回に指摘した。
 ところがやっかいなことに、原子力発電所と原子爆弾というのはほとんど同じようなものだということである。原子爆弾は、一瞬のうちに原子力のエネルギーを爆発させてしまうことだし、原子力発電所というのは、原子力のエネルギーを少しずつ出している施設ということである。
 つまり原子力発電所も、超小型原子爆弾を毎日のように少しずつ爆発させていると考えても間違いではない。爆発というと印象が悪いが、「燃焼」と言っても「爆発」と言っても基本的に変わるわけではない。事実、石油のようなものが燃える条件のことを「爆発限界」と言っている。
 石油を燃やす時の燃焼範囲のことを「爆発」限界と表現できるのは、石油の燃焼には「反対運動」をする人がいないからだ。燃焼でも爆発でも科学的にはほとんど変わりが無いからである。ところが、原子力には強い反対運動が付いて回るので、原子力発電所が「爆発」などというと反対運動が盛り上がってしまうと信じられているために使っていない。
 でも原子力の平和利用のためには、原子力発電所は爆発だと言った方が良いかも知れない。原理は同じだから、原子力発電所の危険性というのは結局のところ原子爆弾の危険性と同じであるし、原子力発電所を作るという事はいつでも原子爆弾ができるということでもあるからだ。
 第二次世界大戦の時に、アメリカが原子爆弾を作り出した。もともとナチスドイツをやっつけるために原子爆弾を作ったのだが、その時にはもうナチスドイツが戦争に負けたため使う必要が無くなったので、その原子爆弾を日本に使うことになった。 (ガモフ全集より)
それでもアメリカ軍の中には反対もあった。原子爆弾を使うということは大勢の人間を一度に殺すということである。それも日本の都市に落とせば、女性や子供などの非戦闘員も殺すことになる。人種差別をするアメリカ人の中にも、これはあまりにひどいという話があった。
そこで妥協案として「原子爆弾を落とすぞ」と世界に宣言して、日本に近い海の上で爆破させたらどうかという案が提案された。もしこれが実施されていたら、広島・長崎で犠牲になった多くの人たちが助かったはずであった。
しかし、この案は反対に遭って潰れた。その時の反対の理由が、もし原子爆弾を落として不発だったらどうするかということであった。原子爆弾はどんな条件でも爆発するというわけではない。ある一定の条件ができないと爆発しないので不発の場合があり得る。爆発させると宣言して不発だったら、日本軍はますます勢いを増すだろう。そうなると到底戦争を終わらせられないという反対論でこの案は潰れた。
つまり原子爆弾を作ろうと思ってもそんなに容易にはできないのである。逆に原子力発電所を作る時には、できるだけ爆発しないように設計するので、原理は原子爆弾と原子力発電所が同じであっても、原子力発電所が突然爆破するということは起こらない。
特に日本の原子力発電所は「水」を使って炉を冷やしているが、水は「核反応が進めば進むほど反応を止める方向に行く(負のボイド効果)」という特徴を持っているので、爆発させようとしても爆発しない。
でも旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所は違った。この発電所は別の目的があったので「爆発しやすいように設計」されていた。黒鉛減速というこの発電所の方法は「反応が進むほど進む(正のボイド効果)」がもっとも高い設計だった。だから暴走が始まると止まらない。
そんな発電所を作った理由はいくらでも原子爆弾が欲しかったからだ。チェルノブイリ発電所というのはそういう名前がついているだけで、真の目的は爆弾製造だった。日本では一般的な水で減速する原子炉(軽水炉)は239Pu(原爆の原料)の他に、爆弾にならない240Puができるが、これが1%でも入ると爆弾にならない。
その点、黒鉛を減速材に使うと高純度の239Puが得やすい。危険を冒しても原爆が欲しい、これがソ連政府の考えだった。信じられないことだが、それが現実だった。恐ろしい共産主義の例である。
そのためにチェルノブイリ原子力発電所は爆発し、それが誤解されて「原子力発電所というものは爆発する」と理解されている。
科学というのはいつも危ないもので、目的が邪悪なら酷いことになる。人間を助けることを目的にしている医学を利用して人を殺すのはいとも簡単である。医学で人を殺すか助けるかは「方法や原理」にあるのではなく「それを使う人の心」による。
まさに原子力とは「軍事利用」なのか「平和利用」なのかであり、人の心が変わればどちらにでも変わることができる。それは原子力から医学まで同じなのである。
つづく
※参考2奇跡の話は信者にとっては大変大切なものであるが、信者ではない人にとっては奇跡を信じないと宗教を信じることができないという大きな障害になる。特に近代科学を勉強した人にとっては奇跡を信じることはさらに難しく、ある大学教授のように奇跡の話を片端から批判してつぶしていくことを使命と考えている人もいる。
私は奇跡の話を否定する人は、人生で辛い思いをしたことがない人だと思う。もしどうしようもなく愛する肉親が命を落とすのではないかと不安に駆られたとき、そしてその肉親が自分が手の届かない遠くにいるとき、私は「祈る」。私には祈ることしかできず、奇跡を信じる以外に科学者としての私に出来ることはない。
奇跡の話はキリスト教に多く、仏教にはやや少ないが、仏教でも多くの奇跡の話が伝わっている。宗教の世界で、奇跡の話が多いのは次の2つの理由がある。
一つはお釈迦様やキリストが生存していたときは直接その人格に触れることができた、いわゆる直弟子たちはお釈迦様やキリストがこの世を去ってしまうと、その人格の偉大さを何で示したらよいかかなり悩んだ。実際、お釈迦様の横で話を聞いていると争いなどをする気も起こらず心静かに生活をしていたのに、お釈迦様が亡くなるとたちまち、つまらないことの差異を問題にし、宗派の争いが起こる。
キリストの場合も同じような描写をみることができる。キリストに直接接した多くの人は一様にキリストの素晴らしい人格に驚き、悩みを忘れ自らの心に中にある苦しみから離れることができる。それまで自分の身体に異常があると、それが悩みの種になっていたがキリストと会い、その説教を聞くと不思議と辛い体が楽になったのである。 もし人間から奇跡をとってしまったら、私たちの生活は単調で詰まらないものになるだろう。奇跡で心を慰めるのではない、それでごまかそうというものでもない。奇跡は奇跡の物語自身で力を持ち、私たち「人」にとって必要不可欠なものである。
おわり 武田邦彦ttp://takedanet.com/2007/04/post_eac9.html
「エデンの東 名古屋大学 武田邦彦氏の記述より」
「神は東方のエデンに一つの園を作られ、見て麗しく、食べるによいすべての木をそこに生えさせた。一つの川がエデンから発し、国を潤し、そこで分かれて四つの川の源流となっていた。神は土からすべての地の獣と天の鳥を造り、それを人のところにもってきて名を付けさせた。しかし鳥や獣は人の助け手とはならなかった。そこで神は、寝ている人の肋骨を一つ取り出し、それを一人の女に作り上げた。」
キリスト教の原典の一つでもある「旧約聖書」には人類の誕生が、「エデンの園」の伝説で美しく書かれている。地上に人間が誕生したのは、川の畔であり、そして、そこは木の実や花、そして多くの動物達が遊ぶ「地上の楽園」でもあった。そんなに美しく、何の不自由もない理想の「エデンの園」でも、最初に生まれてきたアダムは幸せではなかった。それは自分の伴侶がいなかったからで、そのことを聖書では、「しかし、鳥や獣は人の助け手にはならなかった」と書き記しているが、人間という生き物は一人では生きてはいけない。食べものが豊富で生きるのには困らず、そのうえ鳥や獣がやさしくしてくれても、それでは人間は生きれない。異性の伴侶が必要なのだと旧約聖書は言う。そしてイブが誕生した。
 「イブ」という名前の語感だけで魅力的な女性のように思える。事実、そうだったらしいし、女性が一人しかいないのだから比較のしようもなく、アダムは幸せになった。女性がいないと幸せになることはできない。
ところで、アダムが生まれた頃、地球はまだ気候が安定してはいなかったので、しばしば大きな洪水に見舞われていた。旧約聖書でも洪水の物語が多いが、「水が引いて一カ所に集まった」とある。そして、陸地ができ、そこに「エデンの園」ができた。
史実に還ってみよう。人間が地上にその姿を現したのは、ずいぶん前の事であるが、紀元前一万年前までは「ピュルム氷河」と言われる氷河が地上を覆っていた。氷河時代は大げさに言うと、世界中が氷づけになっているような状態で、陸地の多くは水が凍って、その氷河が陸地を覆っていた。
身を切るような寒気!とても人間が活躍できる環境ではない。エデンの園は生まれることはできない。
紀元前一万年になると地球は徐々に暖かくなってくる。この大きな気象変動を「ヤンガードリアス」というが、陸地の上に横たわっていた氷河は後退して、海の水となって行く。氷河の下の埋もれていた陸地が顔を除かせ、カチンカチンに凍っていたあの大地が柔らかい土に変わっていく。まさに旧約聖書、「創世記」に書かれた、「水が引いて一カ所に集まった」のである。
 気候が穏やかになり、時には熱いくらいになった。陸地は拡がり、植物が繁茂し、動物の急激にその数を増していった。それにつれ、人類の数も増え、その集団は徐々に大きくなって、原始的な都市ができあがっていく。
 大きな川が流れ、平野が拡がっているメソポタミアでは、その河畔に都市ができた。紀元前5千年、メソポタミアの下流に「ウル」と呼ばれる大きな都市が出現した。都市は少しずつ大きくなり、やがて「ウル王朝」と呼ばれる王国になった。もちろんそこには王様が君臨し、美しい妃や多くの召使いにかしずかれて生活していた。
 人間の集落ができて間も無いというのに、もう王様の権力は大変なものだった。「ウル」の遺跡の発掘の時に、王様が死んだときの墓が見つかった。その墓には死んだ王様の遺体の他に、兵士、侍女、御者、そして音楽士などの死体が63も葬られていた。
 当時、死んだ王様にどうしても必要だった考えられたものに、王様を護る兵士、日常の世話をする侍女、出かけるときに馬を引く御者、そして音楽士だ。音楽がなければ楽しくない。この63体の死体は王様が死んだときに殺された「殉死」の人たちであった。この様な殉死の風習は人間の集落が大きくなり、やがて「ウル」の様な大きな都市ができ、国家ができると、その頂点に立つ人がだんだん特別な人物として扱われてきたことを示している。
 それでも、人一人が死んだからと言って、死んだ人の世話をするのに63人も殺さなくても良いように思われる。それは人間の罪だ。このころから人間は少しずつ「罪」を犯すようになってきた。おそらく、殉死が行われるのだから、日常的にはそれ以上の不道徳も行われていただろう。王様は多くの側女を持ち、豪華な生活に明け暮れ、農村は貧困と飢餓に泣いていたであろう。殺人や強盗、そして詐欺なども「人類初」の悪党がいたと思われる。
 それでも、それからしばらくは穏やかな日々がこのメソポタミアの河畔にも訪れていたが、紀元前3,500年になった大洪水が起こった。洪水はゆっくりゆっくりと襲ってきて、毎日毎日、チグリス・ユーフラテスの二つの川の水面があがり、やがて河畔のメソポタミアの集落は洪水の下に沈んだ。はじめは大した洪水にも見えなかったのに、しばらく時が経つと、それはすさまじいほどの洪水の姿を現したのだ。「ウル」はもちろんの事、都市は滅び、小高い丘陵も沈んだ。
 「ウル」の遺跡の発掘調査ではこの洪水の後がくっきりと残っている。この洪水で「ウル」の町には、4メートルにも及ぶ土砂が堆積した。4メートルというと洪水が一時的に起こったのではなく、長い期間にわたったものすごい洪水であったことが判る。現代のどんな大きな洪水でも、現代から6千年も経ってその後がこれほどクッキリと判るものはもちろん無い。
 その洪水の後、しばらくは人の影は見えない。一面の泥の海であった。
 しばらくして、その泥の上に草が生え、樹木が生い茂り、動物がどこからともなく帰ってきた。川が4つに分かれ、海に注いでいる辺りの丘陵に、人間の姿が見える。アダムとイブである。
 「創世記」を書いたユダヤ人の祖先はこの洪水から立ち上がる人間の姿を、「人類の最初」としたのである。やがて、「ウル」にも昔の賑わいが帰ってきて、集落ができ、都市が建設された。あの大洪水の前と全く同じことが、また行われ、都市は王国となり、王様が権力を振るう。王様が死ぬと、また多くの人がそのお連れとして殺され、「殉死」した。
「どうして、人間というのは、こうも懲りずに悪いことをするのだろう」
と神様は嘆いたと書かれている。旧約聖書では、人類の最初にアダムとイブが生まれ、それから何世代もたって「ノアの大洪水」が起こったと記録されているが、神様は多分、アダムとイブの前に起こったあの大洪水もご存じであったに違いない。
 「ウル」を滅ぼした紀元前3,500年の洪水の後、700年は穏やかだったメソポタミア地方に、また大洪水が起こった。今度の洪水は前のように、徐々に川の水位が上がって、その水が浸水してくると言うようなものではなかった。旧約聖書の「ノアの洪水」に記録されているところに因ると、激しい雨が毎日毎晩、降り続き、それが40日続いた。激しい雨に人間も動物も逃げることもできずに次々とおぼれ死んだ。
「神様が怒って、人間を罰したのだ」
 激しく荒れ狂う空を見て、人々はそう感じた。確かに、心やさしかった人間は少しずつ間違ってきて、王様を作り、その王様が死ぬと道連れに多くの人を殺すまでになっていた。それでも、人間が悪いなら人間だけを殺せばよいのに、神様は動物も一緒に殺してしまう方法を採られたらしい。
 このとき、旧約聖書によると、信仰熱いノアは洪水のあることを神様からこっそりと教えてもらい、箱船を造って自分の家族と、種を保存するための動物を一番(つがい)づつ箱船に乗せた。紀元前2,500年の事である。
 この2回目の大洪水の後、聖書を著したユダヤ民族は、記録の残っている「歴史時代」に入る。そして「歴史時代」の最初の人物、ユダヤの族長、アブラハムは「ウル」からユーフラテス川の上流の「ハラン」に一族を連れて移動した。「歴史時代」に入ったユダヤ民族の足跡は良く記録されているが、その後、ユダヤ民族は族長に率いられて、地中海沿いに南下をして、死海のほとりに住むようになる。
 この死海の畔には、「エリコ」と言う名前の都市があった。古代の遺跡の発掘が進んでいたある時期には、メソポタミアの「ウル」が人類最古の都市と言われていたが、「エリコ」の発掘が始まるとこの都市こそ人類初めての都市であると考えられるようになった。年代では、都市としての「エリコ」ができたのは、アダムとイブの生まれる、実に4,000年前である。
 旧約聖書の創世記に書いてあることを詳しく調べて、それから厳密にこの世ができた時を推定した人が居る。それによれば、この世は紀元前4,400年10月23日の午前9時に、突然、神によって造られた。まさに今から6千年前、第一回の大洪水、「エデンの東」、そしてノアの大洪水の頃である。
 しかし、「エリコ」は旧約聖書の舞台となった、メソポタミアの「ウル」から遠く離れていた。旧約聖書の著者は「エリコ」を見たことがなかったのであろう。「エリコ」にも国家があり、王様も居たし、墓も見つかっている。しかし、殉死は見あたらない。「エリコ」の墓は丁寧に宗教的儀式に従って葬られている。死んでその墓に葬られた人の頭蓋骨には粘土がかぶせられ、眉、瞼、鼻、口、耳が形づけられ、その人の生前の面影を残す工夫が施されていたのだ。目の孔には貝殻がはめ込まれ、その真ん中には瞳までが刻まれている。
 アダムとイブ、そしてエリコとウル、さらには多くの洪水伝説、そしてやがてモーゼが現れ、イエス・キリストの誕生となる一連の人類文明が花開きだした頃、人類には大きな矛盾と悩みがあったと感じている。それは「人間とはかくも醜いものか!」という驚きである。それまで小集落で生活をしてきた人間は、それが本来持っている酷く悪い欠陥に気づかなかった。自分本位であるし、悪口は好きだし、好きがあればいじめもする。動物を殺すばかりか、人間同士も殺し合う。さらに王様が死んだというだけで侍従は軒並み死ななければならない。どう猛な動物でもそんなことはない。
 人間は欠陥動物だ、と悟ったのではないか。そしてその苦しみは、エリコ、ウル、大洪水を経て、モーゼに至る。そして4,000年にわたるユダヤ民族の苦しみがイエス・キリストによって解消される。新約聖書以来、2000年、新しい聖書が現れていないことがそれを示す。
 欠陥のある人間を生き返らせるためにはなにが要るのだろうか?著者には旧約聖書の詩編がそれをよく著わしていると感じる。そこには人間の苦悩、人間の矛盾が渦巻いている。そしてそれから人間が救われるのはなにか?それは、「正しい幻想」を構築することなのである。
 そこで類い希なる頭脳か、あるいは神様に近いイエス・キリストは「正しい幻想」の王国を創造した。それは人間の心、欠点、長所のあらゆるものを含み、そしてそれを哀れみ、愛する心をもった類い希なる幻想であった。人類はそこで救われ、それから後、2000年にわたってイエス・キリストのもとで人間は生活を行ってきた。なんと素晴らしいことか!
 目の見えない人、肉親を失った人、絶望にうちひしがれた人、どんな人もイエス・キリストに救われて、その人生を幸福に過ごすことができた。どんなに解析的な力があっても、どんなに論理的であっても、イエス・キリストの矛盾、その真実を上回ることは出来ない。人間には幻想がいる。そしてその幻想は人間が幸福になる幻想でなければ存在価値はない。
 なぜ、イエス・キリストがそれが判ったのだろうか?神の子だったからか、あるいは類い希な頭脳と愛情を持っていたからか?それは全く不明である。なぜ不明かというとイエス・キリスト以来、彼より素晴らしい人が出現していないから、彼を評価することもできないのは当然である。
エデンの園は、どこにあったのか?
▼土から生まれたアダム
『神は地の土くれから人(アダム)を作り、彼の鼻に命の息を吹き込まれた。そこで人は生きた者となった。 神は東の方に一つの園を設け、神の作った人をそこに置かれた。神は見て美しく、食べるに良い全ての樹、更に園の中央には生命の樹と善悪の知恵の樹を地から生えさせた。 神はその人を取って、エデンの園におき、これを耕させ、これを守らせた。神は人に命じた。「君は園のどの樹からでも好きなように食べてよい。ただし、善悪の樹からは食べてはならない。その樹から食べる時、君は死ななければならない」』
有名な旧約聖書の冒頭部分だ。これより前の部分には、神による天地創造などが描かれている。旧約聖書が実在の話であるかどうか?と聞かれて、「100%実話である」と答える現代科学者は少ないだろう。土から人間ができるという記述も、大方の人々が「そんなはずがない」と答えるに違いない。
創世記の中にヘビにそそのかされ、知恵の実を食べた直後に、こんな記述がある。
『君のために、土地は呪われる。そこから君は一生の間、労しつつ、食を獲ねばならない。土地は君のために、荊と棘を生じ、君は野の草を食せねばならない。君は額に汗してパンを食らい、ついに土に帰るであろう。君はそこから取られたのだから。君は塵だから、塵に帰るのだ』
この記述は、人は土から生まれ、土へ帰るというモチーフを表現したのだろう。土から生まれ、土に帰る人は死に至ったとき、土に埋められ、そこから魂が抜けだし、また生命となり、胎児として母胎に宿る輪廻転生は科学的に立証されていないが、「輪廻転生」を描いたものかも知れない。
▼エデンの園の謎
エデンの園はどこにあるのだろうか? それを探る手がかりが、聖書の中にある。
『一つの川がエデンから発し、園を潤し、そこから分かれて4つの源流となる。第一の名はピションで、それはハビラの全地をめぐるもの。ハビラの地には金が産出する。その地の金はよい。そこにはまたブドラクの樹脂と紅玉髄が出る。第二の川の名はギホンで、それはクシの全地をめぐるもの。第三の川の名はヒデケルで、それはアッスリアの東を流れるもの。第四の川、それはユフラテである』
大半の人は、この記述のほとんどが、どこの地域を指しているのか、わからないだろう。しかし、最後の「第四の川、それはユフラテ」を見れば、誰もがユーフラテス川を思い浮かべるに違いない。
アッスリア――とは、現在のイラク北部地方を指す名称「アッシリア」であるから、「第三の川の名はヒデケルで、それはアッスリアの東を流れるもの」とは、ティグリス(チグリス)川を指していると見るのが、一般的だ。ユーフラテス川とティグリス川は、ペルシャ湾手前で合流している。第一の川「ピション」と第二の川「ギホン」は、全く手かがりがなく、架空の川とされている。
それに、ペルシャ湾周辺で産出するものと、聖書の記述にある紅玉髄(石英の一種である玉髄「カーネリアン」)、金といった産出物も符合する。
1つの川がエデンから発し、4つの川の源流となっているのならば、ティグリス、ユーフラテス川を遡っていけば、それがエデンの園の在処になるはずだ。
▼エデンとは。
ティグリス、ユーフラテス川の源流――それはアルメニア高原だ。だが、アルメニアは、山が連なる高原で、冬は厳しい寒さである。年間の1/3の気温が零下になる地域では、裸で暮らすことは不可能だ。 1つの源流から川が分かれて、4つの川に分かれるのは、現実的には考えにくい。逆に4つの川が、どこかで1つになっている方が、まだ考えやすい。ティグリス、ユーフラテス川は、ペルシャ湾手前で一つになり、デルタ地帯となっている。エデン――それはヘブライ語で、「喜び」を意味する。だが、この地でメソポタミア文明を築いたシュメール人の言葉では「肥沃な平原」「デルタ地帯」を意味するのだ。聖書にあるエデンの園は、緑に溢れ、木々が豊かな実を結んでいた楽園とされている。だが、この地域は、降水量も少なく、とても緑が溢れ、木々が豊かに実を結んでいるとは考えにくい。
『神が言われるのに、「ご覧、人は我々の一人と同じように善も悪も知るようになった。今度は手を伸ばして生命の樹から取って食べて、永久に生きるようになるかもしれない」。神はアダムをエデンの園から追い出した。こうして人は自分が取られた土地を耕すようになったのである。神は人を追い払い、エデンの園の東にケルビムと自転する剣の炎とを置き、生命の樹への道を見守らせることになった』神はアダムをエデンの園から追放し、神はアダム達が永遠にそこに近づけないように、ケルビムと自転する炎の剣を置いた。エデンの園は水没してしまい、近づかないのではなく、もはや近づくことが出来なくなってしまったのだ。水没したエデンと、この地域を襲う度重なる洪水は、エデンの園追放の伝説と、ノアの洪水
伝説となったのだろう。名古屋大学 武田邦彦氏の記述より

メイスンの特集と情報

メイスンの最新情報リスト。
※「メイスンの情報が、2ちゃんねるに掲載されていたので、転載します」
※雑誌でフリーメイスンの特集が組まれる。不思議雑誌「ムー」では、このたび日本フリーメイスソンの特集を組むことになった。2007年の11月号では、カバラ、メイスン、の特集でグランドロッジ責任者の招待を受け、グランドロッジを再度特集した模様。前回の特集では1990年以前に特集したメイスンの計画という企画だったが、今度は逆説でコメントしている。まずメイスンとユダヤは関係ないとの事だが、ロッジにはイスラエルとユダヤの紋章ダビデが刻まれていた。これでユダヤが深く関わっていたことになるので、ロッジの捏造とわかる。次に、なぜか勝手にユダヤプロトコールとは関係ないというコメントを掲載している。ユダヤプロトコルは事実のため、過去に何度も書物の所持者が暗殺されている。そのため、共産国家では所持、持参、翻訳は死刑とされている。これで共産主義がユダヤ製だと判明するのだが、当事者にとっては、否定したい事実なのであろう。またプロトコルには3種があり、アルゼンチンの会議、フランスの会議、イスラエルのベングリオンの会議があるとされている。また過去には、その書物を旧日本軍が所持していたため、メイスン部隊によって、巣鴨プリズンで一人処刑されている歴史まである。もはや否定のしようがない。
メイスンらは過去に国際連盟を作り、各国に主権軍備とを認めてしまったため、世界共産化計画は失敗に終わった。そこで、改めて第二次世界大戦を勃発させて第二次国際連盟、つまり国際連合を樹立。昭和16年(1941年)2月の、世界ユダヤ人会議議長ゴールドマンの言明どおり計画は決行された。
このゴールドマンの言葉を受けて、イスラエルの初代首相ベングリオンは次のように発言している。
「すべての国々は世界支配されるようになり、国際警察のもとに管理される。すべての軍隊は破壊され、もはや戦争は存在しない。エルサレムで本当の意昧での国際連合が、世界連邦のための預言者の神殿を造るであろう。これは世界連邦のすべての論争を解決するための人類の最高裁判所の座を占める」(キブツ主義特有の解放宣言である)(キブツとは、共産の原点である宗教思想である)
これがあの有名な一節なのだが、この文書を2000年になり、ロックフェラーが国連に同種の手紙を出して発表していたという。
普通の方は、上記のコメントを見ただけで陰謀捏造臭くて笑ってしまうことだが、イスラエルの建国自体が、ヘブライ宗教学に基づきシオニズムした建国であったからして、否定出来ない歴史である。また世界最大の一神教であり、キリスト・イスラームの原点でもあるということは、一貫した宗教性を持つ民族だとわかる。さらにメイスンらは過去に原爆を製造し日本に投下し、投下を絶賛して歓喜したということからして、その精神的内面性は、凄まじいく、邪悪な思想をつくりだす壮絶なるテロ組織だと健常者は察知する。既にプロトコルはフランス革命でも遂行されたと「世界不思議発見」の番組でも放送したように、着々と計画は進められている。
次にフリーメイスンの関係者と、慈善活動についてだ。
まずメイスンらの表の活動は慈善である。だが、この団体らが出国する地域は、共産化した後か、民主化した後にしか関係団体は出向かない。その為、特殊な医療団体しか支援せず、ベトナムでダイオキシン被害の救助や、内戦鎮圧で使用した劣化ウラン弾の被害者を「救済」するということはしていない。これがユダヤ+切支丹の「欺瞞救済」だと直ぐに判明するのだが、聖者の団体であるかのごとく、団体側は詭弁を宣。
さらに、フリー思想の被害が最も大きいのが強姦である。メイスンらの出入りする国々では、革命中頻繁に強姦事件が発生する。そのためなのか、救済団体の中には女性の被害者を「救済」する思想の団体まである。救済自体は大いに喜ぶことだが、その革命によって国家思想が破壊され、米国主義や共産主義のような、暴虐国家で生まれる被害者を救済したところで、聖人君子の面をして、自らを宣のは、如何なものか?といいたい。それらはメイスンらが徹底して他国の固有文化を破壊した象徴であり、結果なのである。
さらにコミンテルン+切支丹=ユダヤ思想で団体は作られているため、ロッジといわれる施設内には、共産のシンボルや切支丹のシンボル、さらに最後の重要施設には、シナゴーク風の飾りと儀式まで存在している。更に、カバラー学の儀式。これでユダヤと関係ないと、よくおっしゃるものだ。
また直轄団体では、「赤い羽根募金」「女性の家ヘルプ」「医療眼球バンク」「盲導犬協会」「救世軍」「別のキリスト団体」(こちらは名称未確認)などがある。
さらに米国経由の団体では、ガーディアンエンジェルス、ボーススカウト、ガールスカウト、などである。どれも自警団を組織する団体である。特に注意したいのが、ボーイスカウトらである。この団体には警察官の息子や自衛隊員の息子などが会員として特に多い。テロ組織の民兵組織に日本の公務機関の家族が出入りしている事自体、異常なのである。世間は知らないため、善良な団体だと思い込んでいるはずだが、実際は国家を監視させている団体であると感じたほうがよい。
その中で特に気になったのが、キリストの救世軍である。この団体の主な目的は判明しておらず、大学生と不良学生が中心となっており、軍事的な組織形態を維持し、奇怪な団体であるといわれている。キリストでありながら分隊・中隊・小隊・として軍隊の指揮系統で動く。さらにメンバーは20代前後であり、組織活動をしているといわれている。特に大学生の勧誘、2ちゃんねるでの組織煽動など、数々の奇怪な行動をしているという。まだまだ関連団体はあるのだが、ほかではさらに、日本防衛軍という団体まであり、盗聴を本職としているとも言われている。このような関連団体がわんさかと動員しているのがメイスンの特徴なのだが、一応軍隊を組織しているということで注意してほしい存在である。アメリカのミシガン・ミリシア民兵軍や、売春婦を無差別殺戮している無法キリスト組織キリスト民兵軍の一種もフリーメイスン系といわれているので決して油断ができない。
そもそもフランス革命を美化する傾向があるが、フランス革命の実態を描いた書物は、まだ販売されていない。フランス革命で実行された計画では、王室にまずスパイを配置し、隠れメイスンと隠れユダヤ教徒を潜入させている。次にユダヤ教徒の力を使い、莫大な資産を意図的に世間の前で浪費させ、世論の注目を罠として仕掛けている。これを手配しているのがメイスンらだ。更に、部下や重鎮まで汚職に手を初めさせ、莫大な資産の借金を作らせ、財政破綻を行わせている。その結果、大衆は決起して反政府革命が勃発するという仕掛けである。この手法は現代でもアジア各国で多用され、共産化するときや、共和国化する時などにも使用されてきた。これらは「敗戦・メイスンのテーゼ」といわれる特殊煽動術である。日本では自民党が罠の餌として利用されている。それを救済する役目を演じるのが「民主党」率いる、ユダヤ資本系の左派である。後に外国人参政権や共和国化するためのユダヤプロジェクトが大々的に発動するものと思われる。その結果、固有文化は破壊され、メイスン化の終了となる。
大東亜戦争でも、まんまとこれらを計画させられ、日本軍=極悪軍であると世界中に広められた歴史がある。更に戦後は、江戸前期以前から続く天皇家の資産を没収し、戦後はテレビ局などで天皇叩きとして利用されていたる。当時活躍したのが、朝日テレビの久米宏らである。当時朝日テレビのトップには統一教会の団員が多かったために、それらが切支丹コミンテルン活動として遂行していたと思われる。これが切支丹を使用したメイスンの国体破壊の定番「テーゼ」なのである。沖縄の自決問題を組織デモをさせていたのも、やはり牧師らであったし、日本を敗戦させようと活躍していたのも、やはり「牧師」ら、なのである。更に医者と弁護士、芸術作家、新聞社とメンバーがいるため、世論操作などは定番中の定番であると思われる。毎日放送と読売系列は、言わずと知れたメイスンなのだが、みのもんたが世論叩きで注目を集めさせ、自民党側はそれに反発し、汚職を繰り返す、それを浄化させようと野党が活躍する。これが定番の世論形成術なのである。何度も言うように、世論を動かしたり、経済を破壊したり、再生したりしているのも、この団体らであり、その裏にはベングリオンの蜂起させている世界テロ計画や、世界統一するための共和国化政策であるとこちらでは厳重なる注意をしたい。何故自民党とその支援者らが、意図的に格差を創っているのか?その実態はこれらの世論形成にあるのである。その内閣では、総理大臣含む歴代の重鎮は、全てユダヤ機関と繋がりのある宗教と思想家らである。福田総理、角栄、岸一家と安倍、麻生、その他大多数が、実は隠れキリシタンらである。これは第一次世界大戦の時から既に仕込ませている計画の一つであり、常に切支丹を来日させて布教させていたのも、メイスンらの団体らである。坂本龍馬の関係者は全て切支丹らであったし、更に情報部員のユッタ部隊などもこれらである。更に現代のテレビ局にしても、ほとんどがユダヤ系の思想と切支丹の思想を持つ会社らである。
あの映画マトリクスでは、メイスンの実態をSF映画化したために、キアヌリーブスらがヨーロッパでバッシングされていたという事実まである。恐らくそれを叩いていたのは、旧約系団体の混血系民族の人たちである。このようにして、世界は動かされている。
それでは、2ちゃんねるに掲載されていた記事を転載。------------------------------------------------リチャスレで重要なの貼ってくれた人がいたので転載。 これ、グランドロッジの例のメソニックビルのやつですな。
<保険商品窓販>在日米国商工会議所が延期反対の意見書 http://ime.nu/money.www.infoseek.co.jp/MnJbn/jbntext/?id=10mainichiF20071010p1500m020169
12月に全面解禁するかどうかで議論が紛糾している保険商品の銀行窓口販売(窓販)問題で、在日米国商工会議所は10日、「予定通り全面解禁すべきだ」と延期に反対する意見書を金融庁に提出する。 全面解禁は「消費者の選択の幅を広げ、日本が目指す金融のグローバル化に貢献する」と訴える。 :朝まで名無しさん:2007/10/11(木) 10:49:19 ID:/4NeFIQw
>>125 サラ金もやってるよ。 在日米国商工会議所の政界工作疑惑 http://ime.nu/www.nc-news.com/frame/20061030/gan061030.htm 在日米国商工会議所 (ACCJ) が、貸金業界の金利引き下げ慎重派国会議員に対し、 「政界工作を行った疑惑が深まった」 と報道。 自民党の金融関連合同部会に出席したACCJの2人の委員は、 「GEコンシューマー・ファイナンス (米国大手家電メーカー系)、 通称レイク」 の法律顧問と監査役を兼務しており、 ACCJをバックに自民党に工作活動をした結果としている。
>>130 本当に世界的組織だったら純朴な大学生をスカウトするだろうけどな。 国際化に、かなーり、定評がある国際基督教大学とか。 ちなみにこの大学はJロックが日本に留学してた時の大学な。 で、ここの教授でホワイトカラーエグセンブションなどの、ひじょーに議論を必要な 議題のときに政府からお声がかかる人がいる。 その人は最近ではこんな議題で呼ばれている。↓ 造幣局・印刷局など、独立法人20以上民営化…政府方針 参考>>7 ここの住人ならここまでは、瞬時にたどり着けるようになっとくのが望ましいのである。 よし、自分でぶった切った流れを無理やり戻した。 国際基督教大学のこの人オリックスの宮内なんかと吊るんでWEとか 進めてるみたいね。
※、メイスンが貸し金業と政府に圧力?
★阿修羅♪掲示板の投稿を引用して紹介します。カルト2007年10月19日「東京メソニックセンター」「創価学会本部」「統一協会日本本部」でピラミッド 「東京メソニックセンター」「創価学会本部」「統一協会日本本部」でピラミッドhttp://www.asyura2.com/07/cult4/msg/567.html cult 567 2007/10/19 06:10:32投稿者: へなちょこ
727 :携帯電脳:2007/10/13(土) 17:35:04 ID:CupsRMlz0 「明治・昭和天皇、香淳皇太后の鬼退治」 ここはもうひとつの魔方陣に関係してました。 黒い三角は「誤差2.75%の二等辺、誤差1.13%の直角三角形」 つまり直角二等辺三角形(三角定規の形)で、構成してるメンツは 「東京メソニックセンター」「創価学会本部」「統一協会日本本部」という 冗談みたいなトリオでした(またまたトンデモ系ですいません) http://maps.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&lr=lang_ja&hl=ja&msa=0&msid=102301023444179915463.000439db5beb88eb44fbf&ll=35.67208,139.724464&spn=0.058152,0.11673&z=13&om=1 参考投稿番号:http://www.asyura2.com/07/cult4/msg/566.html
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※実は奇妙なこの地図、道順の角度が直角二等辺となっているが、皇室に結んであるのは、メイスンの願望なのであろうが、実際は永田町だと思われる。そうすればユダヤの記号になる。また明治神宮だが、たしか神社本庁を離脱したというような記事を拝見したことがあったような気がする。ということは、明治神宮は、ユダヤの結社に編入されたということであろうか?さらに、死相線上には、創価学会、統一教会、六本木ヒルズとある。何を物語るのかは、ビルの入居企業をみれば瞭然。ユダヤ外資が存在しており、奇妙である。さらに偶然なのか、サタンの左眼といわれる位置には、「青山一丁目」とある。これは1の目を現しているのか?偶然にしても出来すぎである。